月夜見
 

   “良いお年をvv”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
 日本の冬の風物詩に“凧揚げ”というのがある。竹ひごの骨で下地を組んだところへ紙を張り、バランスよく配した糸だけを操ることで宙へと浮かべ、風に乗せてどんどん高みへ揚げてゆく。それはそれは高い空を舞うものを、自在に操れるのが何とも言えず爽快だからか。そりゃあ長い歴史もあるし、世界各国に同じ理屈の玩具も多い。だっていうのに、今時の子供たちでは地方の伝統無形文化財という形ででもなけりゃあ、実際には見たことがないのかもしれない。ほんの数十年前には、冬休みの工作の宿題でこれを作れというのがあって。ただ作ればいいんじゃあない、揚がったら合格なんてのもザラにあったっていうのにね。無茶言うたらアカンて、先生。人には向き不向きいうのんがあるんやで?
(苦笑) そういや、ゲイラカイトってのも流行ったねぇ。(しみじみ) 同じような昭和の遊び、何年かごとに思い出したように流行る、コマやヨーヨーみたいには行かないのが凧揚げの悲しいところで、今時では何と言っても場所がない。風へと乗っけるまでを走らにゃならないのが凧揚げなのだが、近年、物騒な事件が起きるようになった煽りで、学校の運動場も開放してもらえないとなると。電線が縦横無尽に張り巡らされた住宅密集地では、とてもじゃあないがそんな遊びなんて出来はしないので。下手するとこのまま廃れてしまうのかもしれない。勿体ない話ですねぇ。羽根つきとどっちが早いんでしょうねぇ。(こらこら)
 その土地土地で形も違えば絵柄や名前も異なる凧は、それだけ下々のお子様たちにはお馴染みな玩具だったと言え、知らぬ同士がたまたま居合わせたってだけの縁にて、大空を舞台に糸切り合戦なんてこともあったでしょうし、凧に乗って空を舞い、天守閣の屋根の上に飾られた金のしゃちほこを盗んだ怪盗がいたとかいうお話が有名だったりもいたしまし。大泥棒さんのお話は、どこまでノンフィクションなのか存じませんが、昔むかし“行灯凧(あんどんだこ)”というのがあったというのは知っている、妙な筆者でございまし。竹ひごよりはしっかりした細口の木枠で四角い立方体を組み上げて、白い紙を張って作られた、行灯型の凧のこと。中にロウソクが立ててあり、五、六本の糸を操って揚げるのだが、これがなかなか難しく。凧自体が揚がっても、中の灯火が風で消えたり、紙に燃え移って燃え落ちたり。悪くすれば落下したところで火事にだってなりかねないため、揚げてはならぬという禁令が出たほどだとか。行灯なんて言い方をしているほどなので、夜中に揚げる代物で。そもそもは忍びが夜間の合図のために用いたとか、危険も何も遠くからの火付けのために用いたなんて話もあったとか。……そういや、初期のビデオデッキのリモコンて、コードで本体と繋がってたって知ってます? 赤外線で操作出来るようになったばかりのリモコンには“ワイヤレス”ってわざわざ書いてあったんだよ?


  ……って、何の話をしてたんでしたっけ?
(苦笑)





        ◇◇◇



 将来的な展望として、ガンダムや鉄人やパトレイバーのような、体高5mなんていう巨大な搭乗型ロボットが 技術的には作れても、それを都市部で稼働するのは無理なんじゃあないかという分析がなされているのだそうで。だって電線がこうまで張り巡らされてちゃあねえ?
(しつこい?) 携帯電話や各種モバイル機器のような無線LAN方式を執るにしても最低限の中継基地は必要なのだし、そもそも裸同然な電波状態で重要な情報はそうそう飛ばせはしない。どんなに暗号化が発達しても、それを生み出すのが人ならば…生み出した本人へのアタックを含め、解きようは幾らだってある。そうである以上、情報漏洩につながることは明らかなため、したがって電線を全部無くすのは無理な相談、と来て。ガスや水道管のように地中に埋めての整備をし直すしかないのだそうで。クレーンが車高制限を守らずにアームを引っかける事故も結構起きているようですし、景観の問題もありましょうし。都市整備の問題などを検討なさる折にでも、併せてご考慮いただきたいもんです、うんうん。

  ………で。

 微妙にまだ電信の発達は遅れているものか、そっちの心配は要らなかろう、こちらグランド・ジパングの広々とした夜空へと。夜風をびゅうと鳴らしての凄まじい勢いで、町屋の家並みの狭間から飛び立った影がある。

 「やっ、あれこそはっ!」
 「しまったっ、月夜小僧めっ!」

 月夜の晩という、本来だったら夜働きは避けるべき明るい晩に、強盗騒ぎを起こしての荒稼ぎを続ける賊がいて。どれほど警戒していても、大人数の捕り方が十重二十重と取り巻いていても、見事逃げ果
(おお)せてしまうため、誰かは知らねどとついたあだ名が“月夜小僧”。それでなくとも冬場は寒さもあっての戸締まりも厳重だろうし、火事を恐れて火の気も少ない。1年のうちの最も長い夜の闇をなお深める条件ばかりが居並ぶ時節だってのに。どこからともなく忍び入り、盗みの手際はあんまり上等じゃあないらしく、すぐさま家人に気づかれ追われるものの、金箱抱えて逃げる手際がまた物凄い。強い山颪(おろし)の風も何のそのと、凍るような夜空の高みへ一直線、天狗のように高々飛んで行ってしまい、そのままどこへも落ちては来ない。そうやって毎回見失ってばかりいりものだから、何か打つ手はないのかと町の人々からも非難も囂々で、奉行所も頭を抱えている始末。夜空を照らすためにと作られた大型の龕灯(がんどう)にも限りはあるし、そもそも明るい昼間ならともかく、何の目印もない夜空目がけ、どこへどう逃げている賊なのやら。西の世界には気球だの風を受けて浮き上がる飛行艇たらいうものもなくはないそうではあるが、どっちにしたって目立っては逃げても追われるだけで意味はないし、現にそんな存在は暗い夜空のどこにも見受けられない。

 「ルフィはどうしたっ。あいつの伸びる腕で追えないかっ。」

 今宵の捕り方を率いていたのが、同心のゲンゾウの旦那で。思い当たりがあったのへと、八つ当たり半分、悔しげに怒鳴ったものの。それへは周囲に居合わせた、他の捕り方たちがこそこそと囁き合っており。

 「この風では無理だって。」
 「ああ。前に居合わせたときがあって、
  言われずともと腕を伸ばして追ったことがあったらしいけど、
  狙いを定めにくい上に、垂直方向だと遠いほど風に流されちまうんだと。」

 同じ理由から、弓矢や鉄砲を持って来たとて届きはすまい。グランド・ジパングといや知る人ぞ知る、遠隔地へ自分の手を生やすことが出来る能力者のお姉様もいないじゃないが、残念ながら…この師走は藩主コブラ様や息女ビビ様の護衛にと、お城から離れられないでおいでなため、今のところはこういう騒ぎが起きてることも御存知じゃないのかもしれないと来て。

 「う〜〜〜っ。」

 もはや打つ手はないものか、あんな…逃げ足以外は無様極まりない賊の、文字通りの跳梁を許していていいものか。捕り方一同、口惜しげに歯咬みをするしかないものか。

 「へっへ〜だ、許すも許さねぇもないだろよ。」

 今宵もまた、その背中や懐ろへと金目の物を詰め込んだ袋をせいぜいくくりつけ。次に狙うはおよそ此処だろうとの目星をつけての張り込んでいた、大勢の捕り方たちを眼下に見下ろし。悔しかったらここまでおいでとの厭らしい笑みを口許に張り付けて、小柄な男が夜空をぐんぐんと上昇中。空に向けて延ばした手には縄を幾重にも巻いており、一体どんな手妻やら、そして何もない空中の移動が怖くはないのか、断然余裕という態にて夜空を駆け上がっていた賊だったが、

 「そこのこそ泥っ、待ちやがれぇっ!」
 「へ…っ?」

 さんざんと彼が他人へ浴びせて来たのと同じ驚き、今度は彼自身が浴びることとなろうとは。此処は夜風とお月様以外には何もないはずの空のただ中。だって言うのに、随分と近間から、叱り付けるような大声が投げかけられた。何だなんだ何処だどこだと見回す賊へ、

 「こっちだよ、すっとこどっこい。俺の方は隠れる謂われもねぇからな。」

 言ったと同時、大きな明かりの花が さして離れぬ空中にぱぁっと咲いた。花火や閃光弾のような目映いそれじゃあなく、ほんわりとした行灯や提灯越しのような灯火であり、それが照らしたものはといえば、

 「凧、だと?」
 「おうさ、お前と同じ“闇夜の烏凧”だよ。」

 さんざんと枕として話を振っていたのだから、読み手の方々にはもうお判りでしょう。こたびの奇天烈な賊が使ったのは、そう…空を自在に舞う“凧”だったのであり。真っ黒に塗られたそれが、空から狙うのではどんなに塀を高くしようとあんまり関係なかろうし、逃げるときだって、

 「…あれ?」
 「綱の巻き取り機なら使えねぇぜ?
  さっきこっそりと寄ってって、途中で止まるよう綱の途中を結んどいたからな。」

 恐らくは強力なバネを仕込んででもあるものだろう、ちょいちょいと決まった動作で強く引けば止め具が外れ、思い切り巻戻せる工夫というのがあるそうだが、そういう物にはウソップが詳しい。きっとそれを使って、一気に天高く飛び上がってるに違いない。だったらと、すぐさま弱点を教えてくれたのを、こうやって追っかけて来たその最初、実践して待ち受けていたお人こそ 誰あろう、

 「グランドジパングを騒がす不届きもんは、このゴムゴムのルフィが許さねぇ!」

 いよっ親分カッコいいい…っという合いの手は、皆さんでどうかよろしくvv 地上でゲンゾウの旦那がどこ行ったと八つ当たりしていた当の本人、こんなところで待ち伏せしていたワケであり、

 「あ……。」
 「凄げぇ…。」

 同心の旦那だけじゃあない、他の捕り方の皆様も揃いも揃って、口をぽっかりと開けたまま、遥か彼方の夜空を見上げるばかり。タネが判れば“ああ成程”と、コトの理屈もするすると解説なしで読めたほどに安直な仕掛けで。誰だ、鳥のゾォン系の悪魔の実を食った奴じゃないかなんて言ってた奴は。それはだけれど、夜中じゃあ眸が見えにくくなろうから意味ねぇじゃんかってオチがついたろうがよと。ざわざわしだした捕り方連中にはだが、

 「お前らっ。」

 今宵の捕り方頭でもあるゲンゾウの旦那がよく通るお声で次の指示を出す。

 「万が一にも落ちて来ねぇよう、しっかと見張っている役を決めろ。
  それと、どっから揚げてる凧なのか、綱を辿って追う班を編成。」

 「はっ!」

 統率力と機動力では、他所のどんな大藩にも負けないのが、こちらのご城下の捕り方のお歴々。出された指示へ早速のこと分担が決まってゆき、遠眼鏡を取り寄せの、追う側は地図を開き、風を読みと大忙しになっており。そんな大騒ぎが再開された町屋の、上空では上空で、

 「な、なんで、どうやってこの凧のからくり見抜きやがった。」

 よくよく見れば、随分と貧相な面差しの中年男。軽業か何か、その身の軽さを生かした生業でもしていたものが、何かでしくじり、身を持ち崩し出もしたものか。そして、だからこそ誰にも真似なぞ出来ぬ手口よと高を括っていたらしかったが、現にこうしてすぐ間近へまでにじり寄っているというのに、それでもそんな入り口に当たろう“どうして?”を知りたいと思うのが、自惚れの強いお人の困ったところ。泥棒が忍び込んでいたのと鉢合わせした人が“何処から入った”と聞くようなもので、こういう場合は目の前の状況への速やかな対処が先でしょうにねぇ。そんな“泥棒”なんてことを稼業にしている以上、臨機応変こそ命だろうに、そんなことを訊いてしまうほど動転している相手らしいのへ、

 「だって、まずはお前が思いついてることじゃねぇか。」

 時折強まる風に遮られつつも、それを押し返すほどに声を張って。何を妙な訊きようをしやがるか、世界中にお前しか思いもつかねぇことじゃねってだけのことだと言わんばかり。もっと端的に、誰だって思うだけなら難しいこっちゃねぇだろよと。もっともっと端的に、

 『お前って馬鹿か?』

 と、呆れるような語調にての言いようをしてやる親分であり。寒いだろからとの防寒準備か、いつもの恰好へ綿入れだろうドテラを着込んで、凧の骨組みに丈夫そうな綱で腰あたりを繋がれておいで。装備といったらその程度で、あとの足場は下辺の枠だけだけれども。このっくらいの軽業もどきなら、この親分には慣れたものでもあるらしい。…バラバラになっちゃう悪党一味の親分だとか、幽霊や透明の術を使える南蛮渡りの魔術師っぽい連中揃いだった何とか商会だとか、いろんな“イロモノ”の悪者が始終出て来ちゃあ悪さしてくれるご城下ですもんねぇ。さしたる難儀や大捕物なんかじゃあないと、その語調と装備とで暗に含んでの言ってのけ。まとまりの悪い黒髪、強い風にはたはたとはためかせつつ言い足したのが、

 「昼間のうちにな、お前の相棒の行動に目星をつけといて、
  お前が出陣と洒落込んだの見計らい、
  こうして同じ位置へとこっちの凧を揚げたんだ。」

 退路を断つべく凧を引き降ろさせてもよかったが、目印にと括ってあるロウソク落とされてはそこいら一帯が火事にもなろうし、そんな細工を空に見て、忍び込んだ相棒が もはや逃げられぬと居直られても剣呑だから。そこで、飛び出してからを引っ捕まえようとの作戦を練って、待ちの姿勢で今宵に望んだ親分であるとのことで。ふんっと鼻息も荒いまま、凧の前にて大威張りになるルフィ親分へ、

 「そんな馬鹿なっ。」

 真っ暗な夜中でも、こんな風の中であっても、思うところへぴたりと飛ばせる“凧揚げ名人”は奴をおいて他にはいねぇと。よほどのこと自分の相方をだけ信じ切ってたらしい賊の小男、時折凧ごと大風に持っていかれかかるせいでか、遠くなったり近づいたりしながらも、唾を飛ばして言い返したものの、

 「グランド・ジパングにゃあ、もっと凄んげえ名人がいるんだよ。
  凧揚げも、そいから見得(けんとく・推理)の方でもな。」

 この泥棒の奇妙な逃げ方を訊いて、そりゃあきっと…と心当たりを思いついてくれたのが、他でもないルフィには馴染みの緑頭の坊様で。よその藩から流れて来たぼろんじ仲間から訊いた噂に、風の強い晩にばかり頻発していた盗っ人の荒稼ぎの話ってのがあったとか。追っ手の捕り方が投げる鉤つきの捕り縄にも限度があるし、そも風に流されて目処のない高みへなんて到底届かない。暗闇の中をどうやって逃げ果せるのかが不思議で不思議で…というところまで、全く同じ手口の賊であるらしくって。

 『晩のお空にだって目印をつけられねぇこたぁありませんよ。』
 『へ?』

 それを坊様から聞いていたルフィへと、意外な言いようをしてくださったのが、彼の住む長屋の裏手にある、小ぎれいな寮にお住まいのご隠居さんだ。昔は大提灯や張り子細工などなどで、グランド・ジパングはおろか、この日之本全土の職人たちの頂点に立ったほどの腕前で鳴らした名人で。今はお店も息子夫婦に任せての楽隠居、ルフィや長屋の子供らに、読み書きを教えてくれたり細工ものの玩具を作っては振る舞ってくれたりする優しいお人だが、

 『そいつはきっと“行灯凧”を応用して、空へと逃げてるに違いない。』

 真っ暗な夜中、遠くの仲間への合図をしたり目印にしたりと揚げる凧の話を聞かせてくれて。しかもしかも、
『そういや、師走に入ってからこっち、夜中に凧持って出掛けるお人を時たま見かけるんですよね。』
 訊き込みの途中、夜食を食いにと立ち寄った屋台では、夜鳴きソバ屋のドルトンさんがそんな話を思い出しての教えてくれたので。そいつぁ怪しいと捜し回ったのを皮切りに、住処までを尾けてゆきの、その行動を見張り続けての、今夜のこの待ち伏せと相成った彼らであったらしく。

 「凧なら地べたで揚げる担当がいるはずだから、
  そいつを押さえりゃ良いだけのこった。」

 凧と目串を刺しさえすれば、それならどうしたら良いのか…なんてな道理や筋道は、子供にだって安易に追える。ご隠居やドルトンさんやゾロが“こうこう こうしたらいい”という段取りを組んでくれたのを守るべく、

 「凧を揚げにかかってたお前やお仲間、
  その場で飛び掛かって捕まえられなかった“お預け”こそが、
  一等我慢が要ったくらいだ。」

 「く…っ。」

 そういえば。賊の乗ってる凧は時折揺れるけれど、ルフィが立っている凧は同じ風の中にあっても微塵も揺れてはいない。こっちを揚げてた相棒が、いよいよ取っ捕まっての交替したのか? いやいや、そんな段取りで飛び掛かられたなら、こっちへの合図代わりに綱を放していいと言ってあったのだから、今の今まで何の不審もなかった以上、無事なままそいつが操っているはずで。賊がその頭の中にてぐるぐると不安な想いを巡らせていたそのとおり。そちらには見張りだけつけた上で、ルフィの乗った凧は別な原っぱから揚げられている。制御の材料として必要な情報だろう風向きや何や、今宵になってから、こやつらの行動が定まってから割り出したという突貫だったのに、

 『…そうですね。
  あすこから揚げた凧なら、
  ご城下のこの当たりを目がけているのでしょうから。』

 提灯や張り子細工の名人として名を馳せたご隠居は、凧揚げでも名人だったもんだから、ほおをなでる風と記憶の中にあった知識とで、そりゃあ素早くのすらすらと。大福帳みたいな帳面を広げて、ソロバンも使わずに小難しい計算をちゃっちゃと終えると、出遅れても十分追いつける、すぐ同じところへ揚げられる広場を割り出してしまい。

 『糸、いやいや、綱での舵取りはあたしが預かりましょう。』

 勿論のこと、この風の中、人一人乗っけた重いのを揚げるのですから、力持ちなお人らの助力が要りますが…と付け足して。それに要るよな大凧の方は…なんとそこらの長屋の空き店から外した障子戸へ、風呂敷張っただけという代物で挑んだから恐ろしい。風が叩きつけても消えない、ウソップ謹製の懐炉型手持ち行灯を首から下げた親分が乗り込んだ大凧を。決して見失わないまま、遠眼鏡で追っかけながら、ぐいぐいくんくんと綱を操るご隠居の、お手並みの巧みさは秀逸で。今やもっと明るい行灯を灯したとあって、その見定めも容易いものになっているはず。

 「ちっ!」

 親分の並べた言いようから、単なる通りすがりや奇遇からこんなところで出会った訳じゃあないというのは小男の賊にも通じたらしく。もはやこれまでとでも思ったか、とはいえ、こんな中途半端なところからでは、自分が落下するだけなので凧への糸を切るにも切れぬ。同じ理由で、凧へと掲げた行灯を落とすぞと脅すという真似も出来ずで。進退窮まったらしい賊のお顔が、憤怒に真っ赤になったり焦りから真っ青になったりするのをじいと見やりつつ、

 「悪あがきはよしな。
  此処が年貢の納めどき、諦めてお縄をちょうだいしねぇ。」

 上へ上へとの大遠投では、惜しくも風に流されたゴムの技も。こんな間近で、しかも水平方向へと繰り出すなら、何の問題もありゃしない。時折、ゆらゆらと上下はすれども、実に盤石、この強風の中にあっては頼もしい支えでさえある。元は障子戸の即席凧の縁にその足元を踏ん張って。ぐいと右腕引きながら、そぉりゃあワクワクと、もとえ…勇気りんりんという溌剌としたお顔になって、放ったお声もまた凛とした一喝、

  「ゴムゴムの、ピストルっっ!!」

 凍えた闇夜を貫くように、伸びやかな声と伸びやかな腕とが、悪党目がけ、一直線に飛び掛かり。

  「どわぁああぁぁぁっっっ!!!」

 今宵もまた、あんまり綺麗とは言えない流れ星が一条。グランド・ジパングの夜空を翔っていったのでありました。





       ◇◇◇


 高みでの直接対決は、いともあっさりと鳧がつき。月夜小僧こと凧乗り親父は、揚げる係だったお仲間ともども、素っ飛んでった先で待ち構えていた捕り方の皆さんに搦め捕られてお縄になった。

 「いやはや、痛快痛快♪」

 この年になってこぉ〜んな楽しい活劇に混ぜてもらえようとはのと、ご隠居さんもいたく満足というお顔でおいでで。寒さよけにとまとっていた真綿入りの巻羽織をひるがえすと、一味確保の報をたずさえて駆けて来たウソップを供にし、自宅へと帰って行かれて。

 「え〜、俺が送るんすか?」
 「厭ならイイさ。
  ただのぉ、寮番の老爺に“甘酒温めて待っておれ”と言うてあったんでなぁ。」

 昼間のうちに、実家から嫁が持って来ておった、ぜんざいもあったんではなかったかのぉとの付け足しへ。え? と、嬉しそうになったお顔が2つほど出来たものの、

 「親分さんは、ほれ、ソバ屋の屋台の御亭と坊様が慰労会だと待っておろうが。」

 あまりに寒うての懐手のままで相済まぬと、ご隠居様が小さな顎をちょいと振って見せた先には、小さな灯火を明るませた屋台とそれから、その床几に先に腰掛けている誰かさんの大きな背中。この師走の押し迫ってた最中に、托鉢にも回らずお手伝いにと駆け回ってくれた頼もしいお坊様。寒風吹きすさぶ中、大きな手でルフィが乗ってた凧の綱、頑と守ってくれた人。

 「……うん、そだなっ。俺はあっちの方がいい♪」

 じゃあ、ご隠居さん また明日な、と。今宵の大捕物の主人公、大立者がもういつものお顔に戻ってる。ドルトンのおっさん、俺もソバソバと、大きく手を振り、駆けてく背中に、暗い空から舞い落ちたのは白くて小さな六花の小粒。冷え込んだはずだ、雪だねぇと肩をすくめたご隠居だったりしたものの。それにしちゃあ胸底を温めた ほこほこはまだ冷めず。親分がいる限り、何があっても楽しいご城下だねぇと、ただただ頬笑んでおいでだったそうな。






   〜Fine〜  09.12.30.


  *相変わらず、タイトルつけるのが下手な奴です、すいません。
   カウントダウン間近になって、
   急に冷え込んで参りましたね。
   同人の祭典へお運びの皆様も、
   ご自宅やご実家でパタパタと大忙しな皆様も、
   この一年、それはそれはお世話になりました。
   来年もまた、お付き合いのほどお願い致します。
   どうかよいお年をお迎えくださいますように…。

めるふぉvv 感想はこちらvv

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